※2018年4月末から6月13日まで和代はインドに滞在しています。教室のアーユルヴェーダ研修旅行終了後、現在、ヒマラヤのダラムサラ(チベット仏教の聖地)に来ています。

babaji with coconut
包丁で硬いココナッツを割って見せてくれるババジ


インドに毎年訪れるようになってから14年、今回初めてサドゥーに出会った。サドゥーとは、放浪する修行者(ヨーガ実践者)、苦行僧、仙人などと言われ、インドやネパールに400~500万人いるとされている。

サドゥーのことをババと言い、私の出会ったサドゥーはババジ(ジは敬称)と呼ばれていた。
14歳の時にサドゥーになるための苦行に入り、それから12年間、禁欲の元厳しい修行を積み、ヨーガの秘伝の奥儀を身に付けた。人間離れした感覚や身体能力、肉体、心、魂のレベルで一定の悟りを得た。しかし、悟りのレベルというのは幾つもあって、魂が肉体から離れるその瞬間まで悟りのプロセスは続いていく。一時はスワミ(僧)だったこともあるが、今はサドゥーとして身に付けたヨーガの奥儀を様々な人に伝えているそうだ。ちなみにサドゥーと一言で言っても、正統派のサドゥー家系のようなものは4つくらいしかなく、ババジはその正統派の出身なのだとか。奥が深い・・・。

サドゥーにとって、ヨーガとは、アーサナ(ポーズ)を意味するのではなく、本来は「バクティ(親愛や大きな存在との関りについて知ろうとする行為や姿勢)」なのだという。シヴァナンダヨガアシュラムでも、ヨーガの4つの道(カルマヨーガ、バクティヨーガ、ラージャヨーガ、ニャーナヨーガ)の4つを学び実践する。以前私のグルジ(アーユルヴェーダドクター)も、私のサーダナ(修行)中に、ヨーガの道はそもそもバクティが大事で、バクティさえあれば他のヨーガはいらないと言えるほどバクティは大事だ仰っていた。確かに、バクティがあれば、世界は平和で戦争など起こりえないだろう。皆が先生や神様のためにせっせと拝んだり懇親の行為を行い、自身のエゴをドロップして、他の幸せを願って、他の役に立つことを喜びとして、自己の精神的な成長を目指して生きていく。愛と思いやりに満ちた世界。。。

いろんな出会いを通して、ヨーガへの理解や見方が深まっていく。
ヨーガは一人生にしてならず、、、本当にそんな感じなのだ。(続く)

☆ダラムサラのチャクラヒーリング体験の記事はこちら
☆神戸のアーラティー教室の月間スケジュールはこちら


ババジのチャクラヒーリング

ヒマラヤの町ダラムサラ